「・・・気づいていたのでござるか」
「まったく。僕の告白を止めようという魂胆ですね」
「そういうわけでは」
「ものすごい剣気が伝わってきましたけど」
「・・・・」
「ずるいなあ緋村さん。貴方は本当にずるい。
僕が欲しいものは貴方が全て手にしてしまう」
ぎゅっと拳を握りながら唸るように呟く。


「でもこれで分かったでしょう」
諦めたようにふと力を抜き、笑顔を見せる宗次郎。
「あとは緋村さん自身が認めるだけです」
剣心ににじり寄り、冷やかな瞳で貫く。


「薫ちゃんを幸せにできるのは貴方しかいない。
そして貴方もまた、薫ちゃんなしには幸せになれない」
その瞳には、若干の羨望の色が煮えたぎっていた。

「失恋した男にここまで言わせないでくださいね」
「・・・かたじけない」
「それ、嫌味にしか聞こえませんけど。
でもこれで恩返しできたとしたら、僕も満足です」


草鞋を結び、トントンと揃え、すくっと両足で立ち上がる。
「そろそろ薫ちゃんがやってくる。僕、行きます」
宗次郎は刀を腰に帯び、土手から公道に足を踏み込む。
「次は何処へ?」
「さあ。人助けをしながら、第二の薫ちゃんを探します」
いつか貴方のような生き方を手に入れられるように。


「それじゃ、緋村さん」
「ありがとう。宗次郎」
「薫ちゃんを泣かせたら許しませんよ」
「承知」
「あと、弥彦くんの前でイチャイチャするのは止めてくださいね」
「・・・お主、性格変わったな」
「緋村さんと薫ちゃんのおかげです」
そう言い残すと、くるりと踵を返し、振り返らずに歩みを進める。
まっすぐ伸びた影は、やがて小さくなり、そして完全に消えた。


「け、剣心。どうしてここに?」
濡らした手拭いを手に、薫が足早に土手を上がってきた。
剣心と顔を合わせず宗次郎の姿をきょろきょろと探す。
「宗ちゃん知らない?」
「今しがた旅路に戻ったでござる」
「ええっ!?怪我しているのに?というか、止めなさいよ!」
「薫殿」
「もうっ信じられない!次いつ会えるか分からないじゃない!」
「薫殿、こっちを向いて」
「宗ちゃんも勝手にいなくなるなんてひどいわ」
「薫」


わめきだすと止まらない彼女をそっと胸に引き寄せた。
「!」
瞬時にこわばる体を、そっと背中から包み込む。
「話があるんだ。聞いてほしい」

剣心の放つ言葉が直に薫の胸に響く。
こんな経験、人生で二度目だ。
もっとも、前回のそれは幸せな思い出ではないのだが。
体中の血液が集中し、爆発寸前な頭を
どうにか思考回路に戻すことに成功した薫は、
ようやく状況を理解し、蚊の鳴くような声を漏す。
「ちょっと・・・剣心?な、に・・・?」

「謝らせてほしい。君を泣かせたこと。
怒らせたこと。そして、本心を隠し続けてきたこと」
背中に回した腕に力を込め、ぎゅっと締め付ける。
そのあまりの柔らかさに剣心は一瞬ドキリとすると同時に、
なおさら強く束縛してしまいたい衝動に駆られてしまう。

「薫殿とずっと一緒に居たい。人生を共にしたい」

それは、長い間胸の内に封印してきた本音。だった。
光り輝く純粋な彼女を、己のような罪人が引き留めるなど。
そんな甘え、許されない。許されてはいけない。そう思っていた。
けれどもう、そんな自戒もついに限界。
薫と築く未来こそ、命を賭けて死守したい。

「薫殿のいない未来など、最早考えられないんだ」
彼女の艶めいた黒髪に指先を這わせ、耳元に囁く。
小さく身じろぎする彼女を逃さないように、またぎゅっと抱きなおす。


「けん、し・・・・」
震えながら名前を呼ぶ薫に、ハッと我に返る剣心。
重なり合っていた肩をようやく離し、腕の中を見いやると、
そこには涙に濡れた少女がちょこんと佇んでいた。
「嬉しい・・・っ」
その一言とは裏腹に、大きな瞳から涙が溢れだして止まらない。

――愛おしい。

剣心は素直にそう感じた。
衝動的にその唇を奪ってしまいたい欲がこみ上げる。 薫の首の後ろに手を回し、顔を傾けた、その時。


「わ、私もね、謝らないといけないの」
嗚咽を抑えながら、薫がそっと身を離した。
「剣心が言っていたこと、ようやく分かった」
無茶してごめんなさい、と口にする。

「拙者こそすまなかった。回りくどい言い方をして」
改めて己の不甲斐なさに項垂れる。
もっと早く、率直に薫への想いを伝えるべきだったのだ。
「宗次郎を通じて伝わるとは、全く情けない」
「どうしてそれを知ってるの?」
「そ、それは置いておくとして」


真っ赤な夕空に、追い風がびゅんと吹いた。
薫のしなやかな黒髪が美しく風に舞う。

「薫殿。・・・薫」
改めて薫の頬に手を添えた男は。
「もう離さない」

瞬時に赤く染まる少女の桜色の小さな唇に、
啄ばむように優しく、自分のそれを重ねた。
おあずけを喰らっていた反動だろうか、
徐々に糖度を増して、互いの全てを溶かしてゆく。

「あ・・・っ」
柔らかい草村の上にパサリと組み敷かれた薫の
首筋に、瞼に、胸元に、背中に、彼の舌と指が這い。
ゆらゆら妖しく蠢いていた二つの影は、やがて一つになった。



もうすぐ日没。
辺りはすっかり夕闇に包まれ、一寸先も紫めいてきた。
赤く燃えていた太陽が一日の役目を終えようとしている。
ここから始まる二人の関係を祝福するように、輝きながら。


彼が火照った彼女を横抱きにして夜道を帰る頃には、
きっと星が空でキラキラと瞬いている。