早朝。まぶしい日差しが辺りを彩る。
街を見下ろす高丘に佇むは、一人の小柄な青年。

「久しぶりだなあ、東京。観柳の任務以来かな」
ニコニコしながら背伸びをひとつ。
「元気にしてるといいな。緋村さん」





同じ頃、神谷道場では一悶着起きていた。

「大丈夫よ、消毒なんて」
「いいから大人しくして、薫殿」
「こんな傷もうへっちゃらよ」
「まだ赤く腫れているではないか」
「痛ッ」
「ほら」
「ちょっと染みただけ。さ、もういいでしょ。離して」
「そうはいかない。包帯を取り変えなくては」
「もう!大丈夫だって言ってるのに!」
「お前ら、それ終わったら早く朝飯にしてくれよな」

発端は昨日の帰り道に薫が巻き込まれた騒動。
否、巻き込んだ、という表現が正しいのかもしれない。
若い娘が男に囲まれていたため、咄嗟に助けに入ったのだ。
無事娘は保護できたものの、薫の足には男の刀傷が残った。
軽く掠った程度だが、剣心を静かに憤らせるには十分で。

「とにかく、金輪際このような無茶はしないと約束してほしい。
何かあれば拙者を呼んでくれれば飛んで行くでござるから」
足元に跪き、薫の瞳を見上げて懇願する。
それはさしずめ騎士が姫君に忠誠を誓う光景のようにも見える。


しかし、当の姫君はぴしゃりとそれを却下。
「お生憎様。困っている人がいたら問答無用で助けるわ」
「それはいい心がけではあるが、物事には限度というものが」
「何よ。私じゃ力不足だっていうの?今回だって無事だったでしょう」
「しかし相手が相手なら次はどうなることやら」
「私を信用していないのね?」
「そういう意味ではござらん」
「じゃあ構わないでよ」
「だから―」
「お前らいい加減にしろ!飢え死ぬぞ今ここで!俺が!」






「弥彦!稽古に行くわよ」
「おい、道場あっちだぞ。自分の家の間取り図忘れたか?」
「違うわ。前川道場に行くの。たまには外で自主練しましょ」
「門下生が群がって練習になりゃしねえ。パス。俺赤べこ行くわ」
「ちょっと!師範代に逆らうつもり?」
「おうよ。だいたい剣心と喧嘩して気まずいから逃げたいだけだろお前」
「そ、そんなわけないでしょっ」
「ほら剣心、止めてやれよコイツ」
「ふーんだ。弥彦が行かないなら私一人で行くわ」
「今日こそ帰り道は真っ直ぐ帰ってくるでござるよ」
「何に出くわすかなんてその時まで分からないわ」
「・・・気をつけて、いってらっしゃい」

薫の後姿を送り出した剣心は小さくため息をついた。
最近の薫の行為は危険に満ちていた。
人助けを好む彼女の性格は魅力の一つではあるものの、
お転婆が過ぎて傷を持ち帰るなど言語道断だった。
彼女の傷を目にするたび憤りと焦りを拭えない。
できることなら真綿で包んでしまいたいような薫の存在。
どうしたらこの気持ちを理解してもらえるのか、
頭を抱えながら彼女の無事を祈る毎日を送っている。






「おい、止まれ」
「・・・・」
「シカトしてんじゃねえよタコ!」
「ああ。僕に何か御用でも?」
「世間知らずの兄ちゃん。廃刀令違反を知らねえのか?」
「これですか?」
「ガキのくせに高価なもん持ちやがって」
「やだなあ、貴方がたも腰に携えているじゃないですか。お互い様ですよ」
「こいつはお前みたいな悪を成敗するためよ」
「成敗か。それはどうですかねぇ」
「あ?なめた口聞いてんじゃねえよ。ぶっ殺すぞ」


「ちょっと、何やってるの?」
「?」
「見たところ集団リンチのようね。みっともない」
「これはこれは。お嬢ちゃんが何の用かな」
「小娘が稽古着たあ、剣道のままごとでも流行ってんのかい?」
「防具まで持っちゃってまあ」
「これでもあんたらよりは強い自信があるわ」
「こりゃあ傑作だ」
「女に剣術なんざ100年早いんだよ」
「俺達みたいに治安維持できるだけの力を身につけてから言いな」
「治安悪化の間違いでしょ?自分達を棚に上げて何言ってるのかしら」
「・・・このアマ、調子に乗るんじゃねえぞ」
大男が己の刀に手を延ばす。
その瞬間を薫が見逃すはずもなく。
「貴方、私が食い止める間に逃げて!」
青年に叫ぶや否や、男の刀を食い止めて突きをお見舞いする。
「ぐえっ!?」
よろめく男を横目に二人目へ。
「くそ!」
追って攻撃を仕掛けてきた男の剣筋をひらりと交わし。
「胴ォ!」
仲間がバタバタ倒れる中、最後に残った男はギリリと奥歯を噛む。
「チッ。だがそこまでだ。これには勝てまい」
チンピラの一人の腰に、キラリと光る銅器。
「まさか・・・!」
「ハハッ!喰らえ!」
――昼間の東京に銃声が響いた。





「剣心いるか!?」
「弥彦。赤べこに行った筈では」
「薫が大変なんだ。街が騒ぎになってる。あいつまた手出しやがって」
「!」
逆刃刀を握り締めて道場を飛び出す。
「気をつけろよ剣心!相手は拳銃を持ってるらしいぞ!」





・・・・と。





「あら?剣心」
「か、薫殿」
「どうしたの?慌てちゃって」
「・・・無事でござったか」
掠れた声でその場に項垂れる。
「ええ。吃驚したわ。剣の達人だったのよ、この人。
銃弾を刀で止められるなんて。私が守る必要もなかったわね」
「この人って・・・」
見上げた先にいたのは。



「宗次郎・・・?」



「お久しぶりです、緋村さん」