「おかえりなさい、薫さん」
「・・・ただいま」
「寒かったでしょう。今夜はミネストローネにしました。薫さんの大好物、コーンとトマトたっぷりの」
「ふーん」
「先日のリクエストにお答えして、デザートに杏仁豆腐も」
「へえー」
「県大会、来週ですからね。今から精をつけておかないと」
「まーねー」
「上の空ですね」
「別に」
「珍しい」
「何が」
「薫さんの態度です。日頃はライオンがエサを追うかのごとく居間まで疾走するところを」
「しないわよ、イモトじゃないんだから」
「風邪、ですか?・・・失礼」
「わっ」
「熱はないようですが」
「と、当然じゃない。今日も高校3年連続皆勤賞受賞候補者No.1って先生に褒められた」
「頼もしい限りです」
「表彰されたら今年もイチゴと生クリームのケーキ焼いてくれる?」
「いいですよ」
「やったあ!楽しみ」
「なおさら不機嫌な顔をする理由が見あたりませんね」
「またその話?んー、なんでもない」
「ああ、小テスト。ご安心を、僕が根気よく、しぶとく、めげずに、教えますから」
「後半強調しすぎよ。それに平均は超えたし」
「部活の練習試合で敗北」
「まさか。ストレート勝ち」
「操さんに食後のみかんを奪われた」
「あなたねー、さっきから人を食い意地大魔王みたいに」
「お手上げです」
「知りたい?」
「ええ」
「どうしよっかなー」
「もったいぶる話なんですか?」
「そういうわけじゃないけど」
「?」
「・・・告白、されたの」
「そうでしたか」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「おっと、そろそろ鍋の火を止めないと」
「ってちょっと!いくらなんでも淡泊すぎでしょ、今のリアクション」
「どこがです?」
「ちっとも動揺していないあたりが!」
「はあ」
「芸人なら降板レベルのつまらなさね」
「生憎必要以上に感情的になれない性格で」
「前言撤回。人間としてつまらない、に訂正」
「ひどいなあ」
「だってそうじゃない。少しは驚いたらどうなのよー」
「聞き慣れているだけです。薫さんが高校2年生にあがって今回で累計14度目ですからね」
「よく覚えてるわね、本人さえ忘れてることを」
「手紙を入れたら16、か」
「手紙?なにそれ?」
「いえ。こっちの話」
「とにかく、告られたの。『薫ちゃん、好きです、付き合ってください』って」
「ほう」
「『ずっと君だけを見ていました。必ず幸せにします』って」
「それは」
「こーんな至近距離でよ。ものすごーく情熱的に」
「なるほど」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「あ、Mステ始まりますけどいいですか?」
「んもー!ねえ、気にならないの?いわば求愛されたのよ?私が。今日。今さっき」
「何も今に始まったことではないですし・・・」
「今日はちょっと違うもの」
「強いて関心事項を挙げるとすれば、いかに断ったか、という点でしょうか。主に暴力的な意味で」
「どういう意味よそれ」
「原文通りです。しつこく迫られかかと落としをお見舞いしたのは先週のチンピラ大学生でしたか」
「だって無理やりキスされそうになったんだもの。本能で体が動いたみたい」
「正しい判断です。甘すぎる報いですがね。僕がその場にいたら確実に殺傷していたでしょう」
「物騒なこと言うわね」
「少なくとも二度と社会復帰できないレベルまでには抹消していたかと」
「あら、そんなに私が可愛い?」
「『成人を過ぎるまで男に指一本触れさせない』。神谷師匠との約束ですから」
「またそれー?そうじゃなくて。そこまでして私を守ってくれる理由はなあに?」
「ですから散々申し上げています通り、僕の恩師である神谷師匠の・・・」
「父さんはいいの!剣心として、個人として、一小市民としての意見を聞いてるの」
「せめて市民に昇格願えませんか」
「この質問への返答によるわね」
「姫君をお守りするのが家臣のレゾンデートル。僕が言えるのはこれだけです」
「レーズン?」
「平たく言えば、存在意義、ですね」
「んもう、だーかーらー!」
「17年前から変わらない僕の唯一無二の生活信条。今までも・・・これからも」
「なんでそんなに馬鹿真面目なのよ」
「任務に忠実なだけですよ」
「そこが分かってないって言ってるの」
「そうでしょうか」
「そうよ。義務教育からやりなおしたらどう」
「考えておきます。それで、今回はどう断ったんです」
「え?誰が断ったなんて言った?」
「だって薫さん」
「言ったでしょ。今日はちょっと違うの」
「何がです?」
「『少し考えさせて』、って答えといた」
「・・・は?」
「後日改めて返事するつもり」
「ご冗談を」
「大真面目よ」
「えーと、その話、冒頭から詳しくお聞かせ願えますか」
「え」
「とりあえずここ、座って」
「な、何よいきなり」
「どうぞ」
「いや、冒頭も何も、今話した通りだし」
「詳細を是非に」
「剣心なんか変よ」
「至って平常です」
「お、お鍋は?Mステは?」
「いいから早く」
「なんか展開逆転してない?」
「相手は」
「・・・宗次郎くん。剣道部の1コ上の先輩」
「アイツか」
「え、剣心、知ってたの?ってなんか眼が怖いんですけど」
「薫さんの交友関係は完璧に把握しているつもりです」
「何そのストーカー発言。被害届出そうかしら」
「褒め言葉として受け取っておきます。何故にそのようなリップサービスを」
「あら、結構マジよ。だって宗次郎くん、すごーくいい人だもの」
「世紀の大誤解ですね」
「剣の腕もいいしー、優しいしー、勉強教えてくれるしー」
「負ける気がしないのですが」
「剣心と違って、ちゃんと女の子扱いしてくれるしー」
「大いに意義あり」
「背が高くてカッコいいしー」
「・・・・」
「穏やかでニコニコしてるのに、たまに見せる真剣な眼が綺麗で。・・・そっくりなのよね」
「誰と」
「な、なんでもない」
「ああ、これだから共学は反対だったんです」
「うるさいわね。花の女子高生よ。恋のひとつやふたつ、普通でしょ」
「許可した覚えはありません」
「デートとか、してみたい」
「なるほど。操さんの影響ですね」
「ど、どうして分かったの」
「操さんは素晴らしいご友人ですが、操さんの発言にすぐ感化される性格は改めた方がいいですよ」
「だって楽しそう。動物園に行ったり、遊園地に行ったり」
「よく一緒に行くじゃないですか。薫さんが僕を連れ回す、という表現が正しいかもしれませんが」
「あとね、夜眠るまで電話で話してくれたりするんだって」
「電話どころか僕の布団に勝手に侵入して隣で寝る時ありますよね薫さん。眠れない、とか言って。僕が睡眠不足になることには少しも配慮せずに」
「・・・じゃあ聞くけど、剣心は私の彼氏なの?」
「それは・・・」
「どうなのよー」
「違います」
「ふーん、ほらね。それじゃあ意味がないの。私は彼氏がほしいの」
「誰でもいいってわけではないでしょう」
「それはそうだけど」
「それなら尚更、今すぐ断りの電話を。メールで充分か。否、僕が行きます」
「ちょ、ちょっと待ってよ。後日改めてって言ってるじゃない」
「全くこれだから。薫さんの優しさには不安を抱かされる一方です」
「違う。そんなんじゃないわ」
「同情も無用ですよ」
「違うって言ってるでしょ!」
「・・・薫さん?」
「剣心には、分からないのね」
「薫さんのことは何でも理解していると自負していますが」
「ぜんっぜん、分かってない」
「ではご教示願います」
「・・・片想いって、辛いのよ」
「・・・・」
「苦しくて、痛いの。告白って、とても勇気があることだと思うの。どうして私なんかを好きになってくれたかはさっぱりだけど。せめてきちんと言葉を選びたいの。ううん、今までの人に対しても、ちゃんとそうするべきだったのよ」
「薫さん」
「そうよ。私にはあんなこと、できないもの。・・・とてもじゃないけど、言えないもの」
「片想い、しているんですか?」
「え」
「恋しているんですか?」
「してたらどうするの?」
「・・・・」
「ねえ、どうする?私にもし好きな人がいたら」
「・・・・僕に止める権利はありません」
「ああそう。そうよね、剣心はいわば私の保護者だものね」
「・・・・」
「父さんの言いつけを忠実に守っているだけ、よね」
「・・・・そうです」
「ほら。ついに本音が出たじゃない。本当は私のことなんてどうだっていいくせに」
「・・・・」
「ハタチを過ぎたら私が誰と付き合ったって知らん顔して・・・・」
「・・・あと、3年」
「え?」
「3年、なんです」
「け、剣心。顔、近い。それに怖い」
「それまでの辛抱だ」
「・・・!?」

 

 


呪縛が解けた、その日には。